ArtNote/美術運動/近代工芸
MOVEMENT

近代工芸

Modern Crafts
1870s–1930s 日本 収録作家 51人

一八七三年のウィーン万国博覧会に、日本から大量の陶磁器や金工品が出品された。西洋の観客はその精緻さに驚き、注文が殺到する。刀剣や甲冑の需要が武士階級の消滅とともに消えた金工師たちにとって、これは死活問題の解決策でもあった。加納夏雄のように刀装具の彫金で名を馳せた職人が、置物や飾り箱へと仕事を移していったのはこの転換の典型である。近代工芸は、こうして輸出産業として再編された日本の伝統工芸を指す。

技術的な野心の高さが、この時代の工芸を単なる土産物と隔てている。並河靖之が完成させた有線七宝は、金属線で図柄を区切りながら継ぎ目をほとんど見せない緻密さで知られ、宮川香山の陶器は写実を極限まで追い詰め、蟹や虫が今にも動き出しそうな高浮彫を生んだ。安藤緑山にいたっては、象牙を彫って筍や果物の質感を寸分違わず再現し、見る者に本物との区別を疑わせる。これらは絵画や彫刻が背負っていた「芸術か否か」という問いから自由に、技巧そのものを競い合った成果である。

産地に根ざした継承者たちも重要な柱である。中里太郎右衛門は唐津焼、亀井味楽は高取焼、諏訪蘇山は京焼という土地の窯業を背負い、輸出向けの新奇さと伝統的な技法の折衷を模索した。安藤重兵衛らの七宝、大島如雲や大澤光民の鋳金も、旧来の技術を輸出市場向けの意匠に接続する仕事だった。彼らの多くは博覧会での受賞を通じて国内外に評価を確立していく。

この運動が持て囃されたのは西洋の異国趣味に支えられていたためでもあり、後年その反動から「超絶技巧」は美術史の周縁に置かれがちだった。だが近年の再評価は、絵画や彫刻中心の近代美術史観そのものへの疑問と重なっている。作品を前にしたときは、図柄の意味以上に、素材にどこまで技術で挑んだかという一点に目を凝らしてみるとよい。

この運動の作家

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この解説は ArtNote 編集部が執筆しています。 誤りを報告する