ArtNote/作家/松岡壽
ARTIST

松岡壽

MATSUOKA Hisashi
1862 – 1944日本 出身岡山 / 東京 / ローマ(イタリア)
18001850190019502000
■ 松岡壽の生涯 1862–1944

松岡壽(まつおか・ひさし、1862-1944)は岡山藩士の子として岡山に生まれた洋画家・美術教育家。川上冬崖に洋画の基礎を学んだ後、工部美術学校でアントニオ・フォンタネージに師事。フォンタネージ辞任後の指導に不満を持ち、1878年に浅井忠らと日本初の洋画家団体「十一会」を結成して同校を退学した。1880年から1888年までローマに留学し、チェザーレ・マッカリらに学ぶ。帰国後の1889年、明治美術会の創立に参加し「父の像」「売卜者」などを発表。のちに東京高等工芸学校の初代校長を務め、藤島武二ら多くの後進を指導した。作品は岡山県立美術館などに所蔵される。

美術運動

明治美術会
明治期

1889年(明治22年)結成、工部美術学校系洋画家を中心とする日本最初の洋風美術団体。

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作品例

父の像
売卜者
自画像(80歳)
油彩画洋画

松岡壽から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
アントニオ・フォンタネージ
1818–1882
工部美術学校での師
チェザーレ・マッカリ
1840–1919
ローマ留学時の師
川上冬崖
1828–1881
洋画の基礎を学んだ師

同時代の作家

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