ARTIST
水田硯山
1902 – 1988日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 水田硯山の生涯 1902–1988
水田硯山(本名・美朗、1902–1988)は南画(文人画)の画家。大阪の貴金属商の家に生まれ、1988年に京都・左京の自宅で85歳で没した。1917年から兄で画家の水田竹圃に南画を、南岳という学者に漢学を学び、18年に本格的な画修業のため京都へ移った。1922年、『雲去来』が日本南画院の第1回展に入選して同院の会員に推され、以後、生涯にわたり同院を主な活動の場とした。官展の帝展でも三度特選を受け、南画のなかに後期印象派の要素を取り込んだ山水を描いた。戦後は日展にも出品した。1957年に画会・菁々社を興し、のちに日本南画院の理事・顧問・監事を務めた。『樹』が1960年に日本南画院賞、『秋』が61年に文部大臣賞を受けた。大正から昭和にかけて、伝統的な文人山水に近代の西洋画の感覚を融合し、南画を近代化した画家とされる。
美術運動
南画(文人画)
大正〜昭和
中国の文人画に学んだ山水などを、近代の感覚を交えて描いた日本画の様式。
作品例
雲去来
樹
秋
日本画南画
水田硯山から広がる系譜
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