ArtNote/作家/栗原忠二
ARTIST

栗原忠二

1886 – 1936日本 出身静岡県三島市 / 東京(西荻窪・築地) / イギリス(ロンドン)
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■ 栗原忠二の生涯 1886–1936

栗原忠二(くりはらちゅうじ、1886-1936)は静岡県三島市出身の洋画家。韮山中学校、中央大学を経て1907年東京美術学校に入学し、1909年第12回白馬会展にターナー趣味を示す《月島の月》で入選した。1912年に渡英し長く滞在、松方コレクションの助言者フランク・ブラングィンに師事して力動的・装飾的な作風を学び、1916年制作の《リッチモンド・ブリッジ》はリーズ大学副総長マイケル・サドラーに購入された。1926-27年に再渡英。帰国後は東京・西荻窪に欧風のアトリエを構え、築地に洋画研究所を設立して洋画・水彩画の普及と後進育成に努めた。1924年白日会、1929年第一美術協会の創立に参加。1936年、胃癌のため杉並区の自宅で51歳で死去した。作品は静岡県立美術館などに収蔵されている。

美術運動

第一美術協会(洋画・ターナー=ブラングィン風装飾的作風)
大正〜昭和初期

英国留学でフランク・ブラングィンに師事し、ターナー的な光の表現と装飾的な画風を日本に紹介。1924年白日会、1929年第一美術協会の創立に参加した。

作品例

月島の月
リッチモンド・ブリッジ
油彩画水彩画

栗原忠二から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
フランク・ブラングィン
1867–1956
師(渡英中に師事した画家)
マイケル・サドラー
1861–1943
作品《リッチモンド・ブリッジ》の購入者(リーズ大学副総長)

同時代の作家

片多徳郎
1888–1934
第一美術協会の共同創立者
北島浅一
第一美術協会の共同創立者
青山熊治
1886–1932
第一美術協会創立を支援した先輩画家
吉田久継
第一美術協会創立を支援した先輩画家
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