MOVEMENT

もの派

Mono-ha
1968–1975 日本 収録作家 19人

もの派は、一九六八年ごろから七〇年代半ばにかけて日本で展開した動向である。石、鉄板、木、ガラス、紙、土といった素材に、できるだけ手を加えずに置く・立てかける・組み合わせるという最小限の操作だけを施し、ものとものとの関係、そしてそれらが置かれた場所や空間そのものを提示した。作品を「作る」ことよりも、すでにある「もの」に出会わせることに重心がある。

背景には、大量生産と経済成長のただなかで、作り手が新しい物を世に足すことへの疑いが生まれたことがある。前の世代が街頭や公募展で繰り広げた過激な反芸術の身振りが一段落したあと、破壊の次に何ができるのかという問いも共有されていた。同時期の欧米にもアルテ・ポーヴェラやミニマル・アートといった近い問題意識があり、素材そのものを扱う姿勢は国際的に同時発生していた。ただし、もの派には、対象を支配せずに関係のなかへ置くという、東アジアの自然観に通じる態度がしばしば指摘される。

関根伸夫が地面を円筒形に掘り、掘り出した土を同じ形に積み上げた《位相-大地》が、しばしば起点として語られる。李禹煥はこの動向に理論的な言葉を与え、石と鉄板を組み合わせる作品を長く展開した。ほかに菅木志雄、吉田克朗、小清水漸らが活動している。多くが同じ美術大学で学び、制作と言葉の往復のなかから共通の方向が形づくられていった。

「もの派」という呼び名は、当初は制作者自身が掲げたものではなく、外から与えられた揶揄まじりの言葉だった。それが定着し、やがて動向の名として使われるようになった経緯は、キュビスムや印象派とも似ている。もの派は、日本の戦後美術が国際的に固有の名で語られる数少ない動向である。展示は写真では伝わりにくく、素材の重さや床との接し方、周囲の空気までが作品の一部になる。会期が終われば石も鉄も元の材料に戻るため、多くは記録と再制作を通じて受け継がれてきた。もし実物に出会えたら、彫刻として眺めるより、その場に一緒に立っている物として見るほうが、この動向の狙いに近い。

この運動の作家

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この解説は ArtNote 編集部が執筆しています。 誤りを報告する