マニエリスム
首を不自然に伸ばした聖母、蛇のように捻れた肉体、果物と野菜だけでできた人間の顔。マニエリスムの絵の前に立つと、まず均整が崩れていることに気づく。ラファエロやミケランジェロが到達した完璧な調和を、次の世代の画家たちはそのまま繰り返さなかった。彼らが選んだのは、誇張と技巧そのものを見せつける道である。名前の由来となった「マニエラ」とは様式・手法を意味する言葉で、自然を写すよりも、先人の型をどう洗練させ、どう驚かせるかに関心が向いた時代だった。
背景には、盛期ルネサンスがすでに完成の域に達してしまったという事情がある。バランスの取れた美を極めた後、次に何を描けばよいのか。この問いに対する答えの一つが、意図的な不安定さだった。ジョヴァンニ・バッティスタ・ロッソやジュリオ・ロマーノは、師の様式を学びながらも、構図を過剰に引き伸ばし、感情を激しく表出させる方向に進んだ。同時代のイタリアは政治的にも不穏で、都市国家の衰退や異国勢力の侵入が続いており、そうした緊張が絵画の不安な調子と無縁ではなかったと考えられる。
肖像や寓意の分野では、アルチンボルドが果物や書物、道具を組み合わせて人の顔を作り上げる奇想の肖像を生み出した。彫刻ではジャンボローニャが、一つの石塊から複数の人物が絡み合う群像を彫り出し、どの角度から見ても完結した構図を作る技を競った。ジョルジョ・ヴァザーリは画家であると同時に、芸術家たちの伝記を著した書き手でもあり、この時代の美意識を後世に伝える役割を果たしている。エル・グレコはスペインに渡ってから、引き伸ばされた人体と燃えるような色彩を極限まで推し進め、マニエリスムの表現を一人で塗り替えるほどの個性を示した。
この様式はやがてバロックの劇的な表現へと道を開いていく。見るときの勘所は、正しさよりも工夫を楽しむことにある。なぜ体はこんなに長いのか、なぜこの色を選んだのか。画家が「うまく描く」以上のことをやろうとした跡を探すと、この時代の絵が持つ奇妙な魅力が見えてくる。