ARTIST
山本梅荘
Yamamoto Baisho
1846 – 1921日本 出身尾張国(愛知県) / 知多郡半田村(現・半田市)
18001850190019502000
■ 山本梅荘の生涯 1846–1921
山本梅荘(やまもと・ばいそう、1846-1921)は明治・大正期に活躍した南画家。弘化3年(1846年)尾張国に生まれ、名は倉蔵、字は子埜、初号は半邨。幼少期に知多郡半田村(現・愛知県半田市)の書画骨董商・山本滄洲堂の養嗣子となり、同地を拠点に活動した。貫名菘翁(貫名海屋)と三谷雪崦に師事して南画(文人画)を学び、山水画を得意とした。明治15年(1882年)の内国絵画共進会で褒状を受けたほか、各種博覧会・共進会で受賞を重ね、明治45年(1912年)には文部省美術展覧会(文展)の審査員に任命された。吉嗣拝山・児玉果亭とともに地方の三大家と称された。長男の石荘、次男の香雲も画家として活動した。大正10年(1921年)に没した。
美術運動
南画(文人画)
明治・大正期
中国の元・明・清の南宗画の伝統を継ぐ日本の文人画(南画)の潮流。明治期には洋画・新日本画の台頭により衰退傾向にあったが、山本梅荘は地方の南画の担い手として活動した。
作品例
秋景山水図
南画山水画掛軸
山本梅荘から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
同時代の作家
吉
吉嗣拝山
梅荘とともに地方の三大家と称された南画家
児
児玉果亭
梅荘とともに地方の三大家と称された南画家
山本梅荘の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
誤りを報告する