ArtNote/作家/内海吉堂
ARTIST

内海吉堂

Utsumi Kichido
1850 – 1923日本 出身京都 / 越前敦賀(福井県) / 中国(上海)
18001850190019502000
■ 内海吉堂の生涯 1850–1923

内海吉堂(うつみきちどう、1850–1923)は、越前敦賀(現・福井県敦賀市)出身の南画家。祖父・内海元孝、父・内海元紀とともに「内海三代」と称される画家一族に生まれた。少年期に滋賀・多賀の医師小菅兎峰に漢学を学び、幕末から明治期の四条派を代表する画家・塩川文麟に画技を学んだ。明治10年(1877年)頃から約6年間、東本願寺上海別院を頼って中国に渡り、当地の文人と交流したのち帰国。以後は京都を拠点に南画家として活動し、京都青年絵画研究会や日本南画協会などの美術団体に参加して作品を発表し受賞歴を持つ。東本願寺御影堂の障壁画制作にも幸野楳嶺らとともに携わった。花鳥画、特に鯉の画題を得意とした。没後100年を機に敦賀市立博物館で回顧展が開催されている。

美術運動

南画(日本南画協会)
明治・大正期

文人画の伝統を継ぐ南画家として京都を中心に活動し、日本南画協会や京都青年絵画研究会などの団体展に参加した。

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作品例

鯉図
南画花鳥画障壁画

内海吉堂から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
塩川文麟
1808–1877
師(四条派の画技を指導)
内海元孝
祖父(内海三代の一人)
内海元紀
父(内海三代の一人)
小菅兎峰
少年期に漢学を学んだ師(滋賀・多賀の医師)

同時代の作家

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