ArtNote/作家/竹内久一
ARTIST

竹内久一

Takeuchi Kyuichi
1857 – 1916日本 出身東京(江戸) / 奈良
18001850190019502000
■ 竹内久一の生涯 1857–1916

竹内久一(たけのうち/たけうち ひさかず、1857-1916)は江戸(東京)出身の彫刻家。当初は象牙彫刻(牙彫)を学び、後に古代の木彫仏像に感銘を受けて木彫に転じた。奈良で古仏の調査・修復に携わる中でフェノロサや岡倉天心と知り合い、その縁で1889年開校の東京美術学校において彫刻科初代教授に招かれた(正式任命は1891年)。同校では古彫刻の模刻・修復を通じて西洋彫刻技法と日本の伝統木彫技法の融合を目指し、私塾「実成舎」を開いて白井雨山・沼田一雅らの門人を育てた。1890年の第3回内国勧業博覧会に木彫「神武天皇立像」を出品して受賞、1893年シカゴ万国博覧会には「伎芸天」を出品するなど国内外で評価を得た。1906年には帝室技芸員に任命され、1916年、東京美術学校教授在任中に死去。没後、正四位・勲四等に叙された。

美術運動

東京美術学校彫刻科(木彫)
明治期

岡倉天心らの構想のもと、西洋彫刻技法と日本の伝統的木彫技法を融合させ、日本独自の彫刻様式を確立しようとした流れ。竹内は同校彫刻科初代教授としてこれを主導した。

作品例

神武天皇立像
伎芸天
木彫牙彫(象牙彫刻)彫刻

竹内久一から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
白井雨山
門下生
沼田一雅
門下生

同時代の作家

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