ARTIST
名取春仙
Natori Shunsen
1886 – 1960日本 出身山梨県 / 東京
18001850190019502000
■ 名取春仙の生涯 1886–1960
名取春仙(本名・芳之助)は1886年(明治19年)2月7日、山梨県(現・南アルプス市)に絹商の子として生まれ、1960年(昭和35年)3月30日に没した。11歳より日本画家・久保田米僊、金僊に師事して「春仙」の号を与えられ、後に東京美術学校で学んだ。1909年に東京朝日新聞の文芸部に画家として入社し、1915年刊行の『芝居 新にがほ絵』への出品を機に役者絵の絵師として名を確立。1916年、版元渡辺庄三郎と出会い、以後約40年にわたり協働して新版画の役者絵(歌舞伎役者を描く木版画)を数多く制作した。伝統的な役者絵を専門的に手がけ続けた最後の浮世絵師とされ、生涯に80点以上の役者絵を残した。晩年、娘の死を悲しみ夫婦で命を絶ったとされる。
美術運動
新版画(役者絵)
大正〜昭和初期
伝統的な浮世絵の役者絵(歌舞伎役者を描く木版画)を、渡辺庄三郎らの版元と協働して近代化・洗練させた新版画運動の一潮流。春仙は役者絵を専門的に手がけた最後の巨匠とされる。
作品例
役者の顔(芝居 新にがほ絵)
二代目市川左團次の伊賀の水月典蔵
初代中村吉右衛門の勘平
六代目尾上菊五郎の弁天小僧
市村羽左衛門
木版画(役者絵)挿絵日本画
名取春仙から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
久
久保田米僊
1852–1906
師(日本画・最初の師)久
久保田金僊
1875–1954
師(久保田米僊の子、共に師事したとされる)渡
渡辺庄三郎
1885–1962
版元・協働者(1916年より約40年間協働)同時代の作家
渡
伊
渡辺庄三郎
1885–1962
版元、新版画運動の推進者。春仙と長年協働した伊東深水
1898–1972
渡辺版元のもとで活動した新版画の美人画家橘
橘小夢
1892–1970
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