ArtNote/作家/津田青楓
ARTIST

津田青楓

Tsuda Seifū
1880 – 1978日本 出身京都 / 東京 / パリ
1800185719131970現在
■ 津田青楓の生涯 1880–1978

津田青楓(つだ せいふう、1880-1978)は京都府出身の洋画家・書家・随筆家。本名は亀治郎。1899年に関西美術院で浅井忠に師事し日本画・洋画を学んだ後、渡欧してパリのアカデミー・ジュリアンでジャン=ポール・ローランスに師事し、アール・ヌーヴォーの影響を受けた。帰国後は図案家としても活躍し、1914年の二科会創立に参加。夏目漱石とは晩年に親交を結び、油絵の手ほどきをする一方『道草』『明暗』などの装丁を手がけた。1931年の二科展に《ブルジョワ議会と民衆生活》を出品するなどプロレタリア美術運動に接近し、1933年には小林多喜二の虐殺を主題とした《犠牲者》を制作中に治安維持法違反の疑いで検挙された。以後洋画から離れ、独自の自由な画風の書画・随筆活動に移り、1929年には京都に津田洋画塾を開いた。

美術運動

二科会 / プロレタリア美術運動
大正〜昭和初期

1914年創立の二科会に参加し洋画家として活動する一方、1930年代前半にはプロレタリア美術運動に接近し、社会批判的な作品を制作した。

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作品例

ブルジョワ議会と民衆生活
犠牲者
新議会
洋画図案・装丁随筆

津田青楓から広がる系譜

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同時代の作家

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