ArtNote/作家/尾竹越堂
ARTIST

尾竹越堂

Otake Etsudo
1868 – 1931日本 出身新潟 / 富山 / 東京・大阪
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■ 尾竹越堂の生涯 1868–1931

尾竹越堂(おだけえつどう、1868-1931)は明治から昭和初期に活動した日本画家。本名は熊太郎。越後国白根町(現・新潟市)に生まれ、若くして上京し浮世絵師歌川国政に学んだと伝わる。1885年頃から「国之」の号で新潟新聞の挿絵を手がけ、1889年に富山へ移って売薬版画や新聞挿絵、絵馬、意匠下絵などを制作。1899年に上京・大阪を経て「越堂」の号で商業印刷の下絵に携わった。1911年の第5回文展に「韓信」で初入選し、以後「さつき頃」「湖」「漁樵問答」などを文展に出品。弟の竹坡・国観とともに「尾竹三兄弟」と称され、帝展設立後は門下生と八火社展を開催して対抗するなど、独自の活動を展開した。

美術運動

尾竹三兄弟(八火社)
明治後期~大正・昭和初期

弟の竹坡・国観とともに「尾竹三兄弟」と呼ばれ、文展で活動する一方、帝展設立後は門下生と八火社展を開催して帝展に対抗するなど、既成の官展体制に距離を置いた活動を行った。

作品例

韓信
さつき頃
漁樵問答
日本画浮世絵風版画・挿絵薬看板・引き札の下絵

尾竹越堂から広がる系譜

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同時代の作家

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