ARTIST
川崎千虎
Kawasaki Chitora
1837 – 1902日本 出身名古屋 / 京都 / 東京
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■ 川崎千虎の生涯 1837–1902
川崎千虎(1837-1902)は、江戸時代末期から明治時代にかけて活躍した絵師・日本画家。尾張藩(名古屋)出身。沼田月斎に学んだ後、京都に出て土佐光文に大和絵を学び、あわせて有識故実(宮廷儀礼・古制)を研究した。明治11年(1878)に上京し、上野の博物館(後の東京国立博物館)や東京美術学校で教授を務め、歴史画・大和絵の分野で名をなした。明治31年(1898)、岡倉天心が東京美術学校を辞した際にこれに従い、日本美術院の創立にも関わったとされる。門下に小堀鞆音がおり、孫の川崎小虎は千虎に大和絵の手ほどきを受けた後、小堀に師事して日本画家となった。
美術運動
大和絵・歴史画(明治期の日本画復興)
明治時代
江戸期の土佐派系大和絵と有識故実研究を基盤に、明治期の東京美術学校を中心とした歴史画・大和絵の潮流に位置づけられる画家。
川崎千虎から広がる系譜
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同時代の作家
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