ArtNote/作家/Japan Kobe Zero
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Japan Kobe Zero

日本 出身日本

Japan Kobe Zero(単に『Zero』『<0>』とも)は、1969年から1979年頃まで神戸で活動した日本の前衛美術集団。1969年に、神戸の主流的な団体・二紀会に連なる洋画の研究会として始まったが、まもなくその枠を離れ、1972年頃に Japan Kobe Zero を名乗った。中心となった創立・主導メンバーに古川吉重、榎忠、松井憲作らがおり、十年の間に参加者は入れ替わった。既成の画廊・美術館を舞台とする団体の慣習を拒み、神戸や京都の公共空間で、しばしば無許可の挑発的なパフォーマンスを行い、反イリュージョンの絵画や素材そのもの、身体を用いた街頭行為を組み合わせた。強い反・大阪万博(1970年)の姿勢を帯び、榎忠が万博のロゴを日焼けで肌に刻んで銀座を上半身裸で歩いた行為などが知られる。1975年に兵庫県立近代美術館の『アート・ナウ』展に参加した。ゆるやかな集団構造ゆえ多様な実験作を生み、1979年頃に解散した。2017–18年に兵庫県立美術館で回顧展が開かれた。

美術運動

前衛美術
1969–1979年

公共空間での身体的なパフォーマンスと反イリュージョンを掲げた神戸の前衛集団。

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