ARTIST
上田備山
Bizan Ueda
1888 – 1984日本 出身日本
1800185719131970現在
■ 上田備山の生涯 1888–1984
上田備山(1888年2月3日、東京生まれ/1984年3月15日没)は、戦前の昭和期に主に関西で活動した写真家。前衛的でシュルレアリスムの影響を受けた写真を手がけた、日本で最も早い時期の一人とされる。大阪の浪華(浪華)写真倶楽部の有力な会員で、1930年には安井仲治らとともに、『丹平堂』を拠点とする丹平写真倶楽部の中心的な創立者の一人となった。同倶楽部は当初ピクトリアリズムの顔料印画による作品から始まったが、1931年に東京・大阪で開かれたドイツ国際巡回写真展『ドイツ工作連盟』展に触発され、フォトグラムやフォトモンタージュなど実験的な技法へ移り、関西の『新興写真』とシュルレアリスム的な前衛写真の中心の一つとなった。上田は同倶楽部の運営・審査でも中心的な役割を担った。1964年に日本写真協会の功労賞を受けた。1930年代の作『漁』は大阪中之島美術館に収蔵され、他の作品もアートプラットフォームジャパンの美術家事典に載る。倶楽部の活動以外の生涯の詳細は資料が乏しい。
美術運動
前衛写真
1930年代
新即物主義やシュルレアリスムの影響を受けた実験的な写真の潮流。
作品例
漁
写真
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