ARTIST
黒木貞雄
1908 – 1984日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 黒木貞雄の生涯 1908–1984
黒木貞雄(1908–1984)は、1908年12月8日、宮崎県延岡市に生まれ、主に東京と郷里の宮崎で活動した木版画(版画)の作家。1930年3月に宮崎県師範学校の本科を出て、上京して美術の学校(学校名は資料で「川原」などと記される)で西洋画(洋画)を学び、1934年ごろまで在籍した。この間の1933年から、創作版画(創作版画)運動の先駆者・平塚運一に学び、別の確立した版画家(恩地/恩地孝四郎と資料で分かれて記される)にも学んだと伝わる。版画「故郷の山」が第4回日本版画協会(日本版画協会)展に初入選し、翌年には作「行縢の夕映」が第11回国画会(国画会)展に初入選して、この二つの重要な出品団体での地歩を築いた。以後も日本版画協会・国画会にくり返し出品した。号「浦々庵(うらうらあん)」を用い、画歴の多くを郷里の日向(宮崎)の風景・季節・風俗の描写に捧げ、1955年に版画集「日向風物版画集」を刊行した。制作のほか、宮崎の地域の文化の振興にも寄与した。1984年2月23日、前立腺癌のためと伝わり74歳で没した。これらの点を超える伝記の詳細は、あたった資料では薄く、学校名・第二の師の同定など一部は十分には照合できなかった。
美術運動
創作版画
昭和
自画・自刻・自摺を旨とした日本の版画運動
作品例
故郷の山
日向風物版画集
版画
黒木貞雄から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
黒木貞雄の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
誤りを報告する