ArtNote/作家/鵜城繁
ARTIST

鵜城繁

1899 – 日本 出身日本
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■ 鵜城繁の生涯 1899–(没年不明)

鵜城繁は1899年、石川県能美郡川北に生まれた洋画(洋画)の画家。1905年ごろ一家で名古屋へ移り、そこで育って画歴の多くを過ごした。1916年、当時の主要な私立の美術学校・東京の川端画学校(川端画学校)に入り、1919年に卒業した。1917年、まだ学生のうちに、名古屋地方の画家・大澤鉦一郎・森魁之助・藤井時夫・山田睦三郎・宮脇晴らとともに、名古屋の圏で活動し1919年に第1回の写生の展を開いた油彩のグループ・愛美社(愛美社)の結成に加わった。同会は、岸田劉生が率いた草土社の動きと歴史的に結びつく。1924〜25年ごろから名古屋市立の聾学校の助教諭を務め、以後およそ1954年まで名古屋あたりの小・中学校で教えて、教職と画業を併せた。1934年ごろ、春陽会(春陽会)の中部地方の出品者とともに絵画のグループ・踏青会(踏青会)を組織し、春陽会の会員となって、東美会(東美会)にも連なった。主題は油彩の風景・花の静物を軸とした。彼に帰される作は刈谷市美術館など地域の美術館の収蔵にある。日本語の資料は一貫して生年を1899年とするが、没年を確かにする資料は見あたらず、しばしば挙がる1985年の没年は確認できないため慎重に扱うべきである。

美術運動

愛美社
大正

草土社に連なる名古屋の油彩の団体

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