ArtNote/作家/高木敏子
ARTIST

高木敏子

1924 – 1987日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 高木敏子の生涯 1924–1987

高木敏子(1924–1987)は京都・西陣の織屋に生まれた染織・繊維の作家。幼少から伝統的な織りの技を身につけた。1940年、16歳で京都府立第一高等女学校の生徒だったとき、綴織の壁掛け『秋綴織掛壁』が『皇紀二千六百年』記念の展覧会に入選し、綴織の技が早くに世に認められた。1952年、走泥社の中心人物である前衛陶芸家・八木一夫(1918–1979)と結婚し、夫妻は京都で暮らして制作した。1962年に京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)の非常勤講師となり、この立場から染織を学ぶ一世代に影響を与えた。以後の数十年で、その仕事は具象的な伝統的綴織から抽象的な構成へと移り、1970年代初めからは立体的な織りの作品を作り始めて、編み方を単純化し、麻など立体的で平面でない造形に適した素材を用いた。この一連の仕事により、織りを装飾的な工芸ではなく彫刻的・インスタレーション的な表現として捉え直した日本のファイバーアートの先駆者の一人とされる。1987年に京都・上京で肺癌のため63歳で没した。1989年に京都国立近代美術館で追悼の回顧展が開かれた。

美術運動

ファイバーアート
1970年代

織りや繊維を、彫刻的・空間的な表現として捉え直した美術の動き。

高木敏子から広がる系譜

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