ARTIST
音部幸司
1918 – 1985日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 音部幸司の生涯 1918–1985
音部幸司(1918–1985)は国画会(国画会)に連なる油彩画家。1918年2月28日、愛知県蒲郡に生まれ、画歴の多くを名古屋を拠点とした。画家・杉本健吉に学んだ。1943年、第18回国画会展に「春日」で出品して発表の初舞台を踏んだ。第二次大戦後、第21回国画会展に「椿と梅」「裏道」「池畔雪景」を出し、国画会賞(国画会賞)を受けた(受賞の年は1946年か1947年か資料で少し分かれる)。のちに国画会の会友(会友)、さらに会員となった(昇格の正確な年も資料で少し分かれる)。画歴の初めは主に風景を描いたが、1950年代半ばから抽象へ向かい、国画会展にいよいよ非具象の作を出した。名古屋・中部の地域の美術の場で活動し、1951年に中部美術展で最高賞を受け、1960年代半ばには中央国際形象展にも出品した。1951年から1953年まで名古屋金城女子大学(現・金城学院大学)で美術の講師を務めた。1985年12月5日、名古屋・瑞穂区の新生会第一病院で肺炎のため67歳で没した。音部の記録は地域の展・団体展の記録に限られ、正確な会員の年など一部の伝記は資料間で十分には照合できなかった。
美術運動
国画会
昭和
日本の在野の美術団体
作品例
春日
洋画
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