ArtNote/作家/網谷義郎
ARTIST

網谷義郎

1923 – 1982日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 網谷義郎の生涯 1923–1982

網谷義郎(1923–1982)は主に神戸・大阪の圏で活動した洋画家。1923年、神戸に生まれた。京都大学の法学部の学生のとき、画家・小磯良平と知り合ってそのアトリエにたびたび通い、正規の美術学校での修学はないまま大きな影響を受けた。卒業後は大阪の商社に勤め、勤務の前後に中之島公園の眺めなどの風景を描いた。1950年、27歳で会社の職を辞して画業に専念し、同年「風景D」を、官の文展・帝展に対抗して1936年に興った無鑑査の画家の団体・新制作協会の第14回展に出品し、以後も同会に出品した。1950〜60年代を通じて主題は風景から、大胆で力強い色で描く、変形し歪んだ人物の描写へと移り、油彩・水彩・墨にわたって制作した。1970年代には人物が次第に写実の形を離れ、色は抑えられて、人間の存在の意味を表そうとする関心を強めた。カトリックの洗礼を受け、ボランティアにも携わって、晩年は聖書に取材する絵を作った。1982年4月6日、58歳で画業の途上に没した。神戸のBBプラザ美術館はおよそ500点——全収蔵のおよそ四分の一——を所蔵し、没後30年の展や生誕100年の展など回顧展を開いてきた。作は東京都現代美術館にも所蔵される。

美術運動

新制作協会
戦後

官展系に対抗して興った無鑑査の画家の団体

作品例

風景D
洋画

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