ArtNote/作家/矢野鉄山
ARTIST

矢野鉄山

1894 – 1975日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 矢野鉄山の生涯 1894–1975

矢野鉄山(本名・民雄)は南画(文人画)の画家。1894年2月5日、愛媛県今治に生まれ、1975年3月31日に大阪府茨木で81歳で没した。はじめ東京で南画家・小室翠雲に学び、1918年ごろ大阪へ移ってからは、江戸期の文人画家・富岡鉄斎の熱心な崇拝者となり、その作風が自らの山水画を強く形づくった。1920年に作が官展の帝展に入選して認められた。1921年に新設の日本南画院に会員として加わり、十年余りにわたり活動して、昭和初期の「新南画」の復興運動の中心的な存在となった。帝展で「古今兼絜」(1929年)、「香醪」(1933年)などにより特選を受けた。叔父の画家・矢野橋村とともに絵画のグループ・乾坤社を興し、関西の南画・文人画の圏で影響力ある存在となった。第二次大戦後も出品を続け、日展の会員・審査員を務めた。1968年(資料により年が少し分かれる)に現代の水墨画を進める全日本水墨画協会を興し、1971年にはその功績により紫綬褒章を受けた。独特で個性的な山水の作風で知られ、生前から近代南画の奇才の名手と目された。代表作に「豊西」「長江万里」「寒肥子」などの、墨と淡彩による山水がある。

美術運動

日本南画院
大正・昭和

南画の復興を進めた日本の団体

作品例

長江万里
南画

矢野鉄山から広がる系譜

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