ARTIST
田中善之助
1889 – 1946日本 出身日本 / フランス
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■ 田中善之助の生涯 1889–1946
田中善之助(1889–1946)は京都・西陣生まれの洋画家。1905年11月に京都の聖護院洋画研究所に入り、翌06年、近代日本洋画の草分けの一人・浅井忠の内弟子となった。聖護院洋画研究所の第4回展に出した『女』や、1911年の第1回仮面会展の『芸妓』などで京都画壇に名を上げた。1908年に『紀州海岸』が第2回文展に入選した。1911年には田中喜作とともに、津田青楓・黒田重太郎・土田麦僊・小野竹喬ら京都の洋画・日本画の画家を集めた黒猫会を組織し、当時の京都画壇に議論を呼んだ。1920年に渡欧し、23年に帰国した。滞欧中に春陽会の会員に選ばれ、帰国後は滞欧作を同会の第1回展に出した。のちに関西美術院で後進を教え、京都市展の創設時から審査員を務めた。豊かな色と重い絵肌を特色とし、旅した台湾の南国の風景や牡丹、舞妓を好んで描いた。1946年に京都・上京の自宅で58歳で没した。
田中善之助から広がる系譜
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