ARTIST
田中保
1886 – 1941日本 出身シアトル / パリ
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■ 田中保の生涯 1886–1941
田中保(たなかやすし、1886-1941)は埼玉県岩槻生まれの洋画家。18歳で渡米し、シアトルでオランダ系画家フォッコ・タダマに師事して絵画を学び、1915年にシアトル公共図書館で初個展、同年パナマ太平洋博覧会にも出品した。1917年にアメリカ人美術評論家ルイズ・ゲブハルト・カーンと結婚。1920年にパリへ移り定住し、サロン・ドートンヌやサロン・デ・ナショナルなどに出品を重ね、1927年にはサロン・ドートンヌ会員となった。豊満で官能的な裸婦像を得意とし「裸婦の田中」と称された。1939年の開戦後も帰国せずパリに留まり、ドイツ占領下の1941年に同地で没した。生涯一度も日本へ帰国しなかった。作品の多くは埼玉県立近代美術館などに収蔵されている。
美術運動
エコール・ド・パリ
1920年代-1930年代
第一次大戦後のパリに集まった外国人画家たちの潮流で、田中保はサロン・ドートンヌなどに出品し会員となった。
作品例
銅の花器
夜のセーヌ
セーヌの宵
渓流にて
ソリタ・ソラノの肖像
油彩肖像画裸婦像
田中保から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
フ
フォッコ・タダマ
シアトル時代の絵の師ル
ルイズ・ゲブハルト・カーン
妻(アメリカ人美術評論家、1917年結婚)
同時代の作家
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