ArtNote/作家/狩野光雅
ARTIST

狩野光雅

1897 – 1953日本 出身日本
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■ 狩野光雅の生涯 1897–1953

狩野光雅(本名・政次郎)は、1897年(明治30)に和歌山県に生まれ、1953年(昭和28)12月17日に没した日本画家・木版画の下絵の作者。1919年に東京美術学校(現・東京藝大)の日本画科を出て、大正・昭和初期に古典の大和絵の復興の指導的な存在だった松岡映丘に学んだ。この修学を通じて、宮廷期の大和絵の装飾的・物語的な伝統を近代の語法で再解釈しようとした映丘の「新興大和絵会」に連なった。1938年の映丘の没後は、師の遺志を継ぐ門人の一人となり、同年に国画院の創立に加わって「冬日」などの作を出品した。作は伝統的な大和絵の技を、大きく力強い主題に応用するのを特色とした。日本画の制作を超えて、1930年代に伝統的な木版を甦らせる出版のグループ・新大和絵木版画刊行会を通じて作った、新版画に近い木版の風景画——「秋の那智滝」や上高地の眺めなど——でも国際的に知られる。専門の版画収集家のデータベースや人名事典の外では画歴の記録が比較的薄く、後年の経歴や栄誉の細部を確かにするには、展覧会の記録・訃報などのさらなる一次資料の確認が要る。

美術運動

新興大和絵会
大正・昭和

古典の大和絵を近代に甦らせた日本画の動き

作品例

秋の那智滝
冬日
日本画版画

狩野光雅から広がる系譜

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