ARTIST
水島爾保布
1884 – 1958日本 出身東京 / 大阪
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■ 水島爾保布の生涯 1884–1958
水島爾保布(みずしま におう、1884-1958)は、東京府下谷区根岸出身の日本画家・挿絵画家・小説家・随筆家。本名は爾保有。1909年に東京美術学校日本画科を卒業。1913年頃、長谷川如是閑に招かれて大阪朝日新聞で挿絵を手がけ、以後東京日日新聞などでも活躍した。1919年刊行の谷崎潤一郎『人魚の嘆き・魔術師』の挿絵・装幀を担当し、その耽美的で装飾的な線描から「日本のビアズリー」と称された。長谷川如是閑の雑誌『我等』にも参加し、風刺的な世相漫画や随筆を発表。山本露葉・武林無想庵らと同人誌『モザイク』を興し、小説・戯曲も手がけた多才な人物として知られる。2024年には評伝『文画双絶 畸人水島爾保布の生涯』(前田恭二著)が刊行されている。
美術運動
大正期の挿絵・装飾的画風(「日本のビアズリー」と称された作風)
大正期
オーブリー・ビアズリー風の耽美的・装飾的な線描を特徴とし、谷崎潤一郎作品などの挿絵・装幀で知られた大正期の挿絵表現。
作品例
人魚の嘆き・魔術師(挿絵・装幀)
日本画挿絵装幀随筆・小説
水島爾保布から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
山
山本露葉
同人誌『モザイク』の同人仲間
前
前田恭二
評伝『文画双絶 畸人水島爾保布の生涯』の著者
同時代の作家
谷
谷崎潤一郎
1886–1965
小説『人魚の嘆き・魔術師』の挿絵・装幀を水島爾保布が担当した長
長谷川如是閑
1875–1969
大阪朝日新聞・雑誌『我等』に水島爾保布を招いた評論家武
武林無想庵
1880–1962
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