ArtNote/作家/昆野恒
ARTIST

昆野恒

1915 – 1985日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 昆野恒の生涯 1915–1985

昆野恒(1915–1985)は仙台生まれの彫刻家で、戦後日本の抽象彫刻の先駆者の一人。1939年に東京美術学校彫刻科(塑造)を卒業し、写実の大家・朝倉文夫と北村西望に学んだ。卒業後は自由美術家協会に加わり、1948年頃から59年に独立するまで同会に出品した。初期は動く人体をよく観察した『舞踏』連作を手がけ、そこから躍動する造形の要素を抽き出した。その探究は『成長の形』(1954年)などに結実し、1953年に東京国立近代美術館で開かれた画期的な展覧会『抽象と幻想』に出品された。1950年代以降は、有機的な柔らかさを保ちつつ次第に幾何学的で洗練された形へと展開した。晩年は公共のモニュメントも手がけ、東北新幹線開業に伴う再開発に関連して1981年頃に仙台駅前広場に設置された『青葉の風』が最後の大作とされる。1985年に肺癌で没した。

美術運動

抽象彫刻
1950年代以降

具体的な人体像を離れ、有機的・幾何学的な形そのものを追求した彫刻。

運動ページへ →

作品例

青葉の風
彫刻抽象

昆野恒から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
昆野恒の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。 誤りを報告する