ArtNote/作家/徳弘菫斎
ARTIST

徳弘菫斎

1807 – 1881日本 出身日本
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■ 徳弘菫斎の生涯 1807–1881

徳弘菫斎(「董斎」とも表記、1807–1881)は江戸後期の土佐藩(現・高知県)で活動した武士・軍事教官・南画(文人画)の画家。地域の美術史によれば、南画家・徳弘石文の長男で、家の文人画の伝統を継いだ。菫斎は何より、西洋式の砲術を土佐藩に導入し、多くの藩士に砲術・兵学を教えた人物として記憶される。砲術の門人には、のちに薩長同盟の斡旋で名高い幕末の志士・坂本龍馬がいたと記録される。絵の面では、土佐勤王党の指導者・武市瑞山(武市半平太、1829–1865)が、絵師・絵金(弘瀬金蔵)に学ぶ前に菫斎に南画の山水を学んだと記録され、のちの画の門人には明治の画家・岩井烏山(1859–1933)がいるとされる。現存作を扱う画商・競売の記述は、軍務を退いてから——1867年の龍馬暗殺の後と伝わる——晩年になって本格的に絵に打ち込み、繊細で自然主義的な筆致の南画の水墨山水を作ったとし、その作は稀少とされる。引用できる日本語の人名事典の項目が限られ、軍務から絵への転換の正確な時期や龍馬との関係の細部など一部が地域の郷土史・画商の資料に主に依るため、その具体は暫定とすべきである。

美術運動

南画
幕末・明治

文人画の系譜に連なる日本画

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