ARTIST
平木政次
1859 – 1943日本 出身東京 / 横浜 / 静岡・沼津
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■ 平木政次の生涯 1859–1943
平木政次(ひらき まさつぐ、1859年生、1943年没)は、江戸末期に備中松山藩士の子として江戸藩邸に生まれた洋画家。当初は柳静と号した。1873年に上京し、五姓田芳柳(初世)の内弟子として洋画を学んだ。1880年からは教育博物館(現・国立科学博物館)の画工として動植物標本図の作成に従事し、のち帝国大学理科大学や東京高等師範学校でも助手を務めた。1877年の第一回内国勧業博覧会などに出品し、1889年の明治美術会結成に参加、解散後は太平洋画会に所属した。代表作に静岡県立美術館所蔵の油彩画「富士」がある。晩年の1936年には回顧録「明治初期洋画壇回顧」を著し、明治初期の洋画壇の様相を記録した資料としても知られる。
美術運動
明治美術会・太平洋画会
明治~昭和前期
国粋主義的な洋画排斥運動に対抗し洋風美術の発展普及を目指して1889年に結成された明治美術会に参加、その解散後は太平洋画会に所属した
作品例
富士
油彩画洋画博物図(動植物標本図)
平木政次から広がる系譜
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同時代の作家
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