ArtNote/作家/島崎柳塢
ARTIST

島崎柳塢

Shimazaki Ryūu
1865 – 1937日本 出身東京(江戸牛込・日暮里)
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■ 島崎柳塢の生涯 1865–1937

島崎柳塢(しまざきりゅうう、1865-1937)は、江戸牛込出身の日本画家。本名は又輔。幼少より父に漢学、高田忠周に書、植村蘆洲に詩を学び、少年期には夏目漱石と親しかったという。桜井謙吉に洋画、竹本石亭に南画を学んだ後、松本楓湖の安雅堂画塾に入門。1881年の第2回内国勧業博覧会で川端玉章の作品を見て感銘を受け、玉章門下に転じた。山水・花鳥・人物画を手がけ、特に美人画で高く評価された。1898年の日本画会創立に参画し、日本美術協会理事も務めた。1907年の東京勧業博覧会では「美音」で二等賞を受賞。1912年には画集『柳塢半切畫集』を刊行。晩年は川端画学校の教授として後進を指導し、1937年に没した。

美術運動

日本美術協会・日本画会
明治~昭和初期

旧派・伝統的な日本画を保持することを目指した日本美術協会に理事として参画し、日本画会の創立にも加わった。川端玉章門下として川端画学校でも教鞭を執った。

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作品例

美音
柳塢半切畫集
日本画美人画花鳥画山水画

島崎柳塢から広がる系譜

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同時代の作家

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