ArtNote/作家/岩田覚太郎
ARTIST

岩田覚太郎

1902 – 1999日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 岩田覚太郎の生涯 1902–1999

岩田覚太郎(1902–1999)は京都に連なる版画家。伝記によれば、京都の美術の学校(日本語資料で「京美」と呼ばれ、現・京都市立芸術大学の前身とみられる)を出て、二十世紀の大半を版画家として活動し、96〜97歳ほどまで生きた。京都で開かれた「五人展」に連なり、小さな創作版画集を長く頒布した「版画五人集」の中核の一人として記録される。この連作は1961年から1981年まで続き、21集の番号付きの版画集からなる。岩田は連作の全期間を通じて寄稿し、木下富雄・佐藤宏・鈴木完治・佃正道ら同輩の版画家とともに制作した(第五集からは佐藤伸雄も加わった)。この活動は、商業の浮世絵ではなく仲間の版画家や愛好家に向けて、蔵書票(エクスリブリス)を含む小ぶりの木版を作った、戦後の京都の独立した小部数の創作版画の広い環境に岩田を位置づける。美術館・画商の記録に現れる作に、木版画「烏賊」(1975年)や、蝶・昆虫を主題とする蔵書票の木版があり、少なくとも一つの北米の美術館(カーネギー美術館)に所蔵される。以上を超える、具体的な師・主要な公募展での出品歴・受賞・代表作の全容は確認できなかった。挿絵画家・岩田専太郎(1901–1974)とは別人。

美術運動

創作版画
戦後

小部数の自作版画を旨とした戦後京都の版画

作品例

烏賊
版画
岩田覚太郎の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。 誤りを報告する