ARTIST
宮島詠士
1867 – 1943日本 出身米沢(山形県) / 東京 / 中国(清)
18001850190019502000
■ 宮島詠士の生涯 1867–1943
宮島詠士(みやじま えいし、1867-1943)は米沢(山形県)出身の書家・中国語教育家。慶応3年(1867年)に生まれ、明治20年(1887年)に清国へ渡り、書家・張裕釗(張廉卿)に約8年間師事し、北魏楷書(張猛龍碑系)の筆法を極めて「張裕釗を語れば宮島詠士」と称される日本近代を代表する能書家となった。帰国後は東京に詠帰舎、後の善隣書院を創設し、半世紀にわたり院長として中国語教育と日中親善に尽力、教科書『官話急就篇』などを刊行した。代表的な書作品として楷書碑『犬養公之碑』が知られる。昭和18年(1943年)没。
美術運動
北魏楷書(張裕釧派)
明治-昭和前期
清の書家張裕釧に師事し、北魏楷書(張猛龍碑系)の筆法を日本に伝えた系譜
作品例
犬養公之碑
官話急就篇
書楷書教育(中国語教科書)
関連の深い作家
張
張裕釗
1823–1894
師同時代の作家
張
張裕釗
1823–1894
宮島詠士の師
この解説はAIが作成し、ArtNote編集部が継続的に改善しています。
誤りを報告する