ARTIST
大竹富江
1913 – 2015日本 出身日本 / ブラジル
1850189419381982現在
■ 大竹富江の生涯 1913–2015
大竹富江(トミエ・オオタケ、1913–2015)は日本生まれで、戦後ブラジル抽象美術の最重要作家の一人となった画家・版画家・彫刻家。京都に材木商の家の末娘として生まれ、同志社大学文学部を卒業。1936年に兄を訪ねてブラジル・サンパウロへ渡り、第二次大戦の勃発で帰国できずそのまま定住した。絵を始めたのは39歳の1952年で、菅野圭介に短期間学んだ。翌年、間部学らブラジル日系画家の集団セイビ・グループに加わり、ブラジルのアンフォルメル運動の一翼を担った。具象を経て抽象へ転じ、59年頃には目隠しをして描く『盲目の絵画』を制作。1960年代からは公共彫刻や壁画・モザイクも手がけた。68年にブラジルに帰化。2001年に息子の設計でトミエ・オオタケ研究所が開館した。
美術運動
抽象美術
1950年代以降
具体的な形を離れ、色や線そのもので表現する二十世紀美術の潮流。
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