ARTIST
埴原久和代
1879 – 1936日本 出身山梨県 / 東京 / 鎌倉
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■ 埴原久和代の生涯 1879–1936
埴原久和代(1879-1936)は山梨県中巨摩郡源村(現・南アルプス市)生まれの洋画家で、本名は桑喜代。山梨県出身の女性洋画家の草分けとされる。1908年(明治41年)東京女子美術学校西洋画科を卒業後、太平洋画会研究所で中村不折に師事した。1912年のフュウザン会展、1914年の二科会第1回展から出品を続け、1923年(大正12年)には女性として初めて二科会会友に迎えられた。1931年結成の甲斐美術会発足にも関わった。晩年は高血圧により失明し、自宅の火災に遭ったのちは画業を離れ、鎌倉の円覚寺門前に移り宗教生活を送った。1936年9月15日、58歳で死去。元駐米大使・埴原正直の妹にあたる。
美術運動
二科会
大正〜昭和初期
1914年創立の洋画団体。埴原は1914年の第1回展から出品し、1923年(大正12年)に女性として初めて二科会会友に迎えられた。
埴原久和代から広がる系譜
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埴
埴原正直
1876–1934
実兄。駐米大使を務めた外交官同時代の作家
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