ARTIST
坂口一草
1902 – 1997日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 坂口一草の生涯 1902–1997
坂口一草(姓は坂口・阪口の両表記が資料に見える)は日本画家。1902年2月28日、大阪・港区に、清次郎(政次郎とも)の名で生まれた。1997年8月19日、東京・町田の病院で急性肺水腫のため95歳で没した。絵を描く幼なじみ・竹内三明に触発され、1917年から藤田嗣雄に手ほどきを受けた。1918年に上京し、新聞配達をしながら太平洋画会の研究所に通った。1919年ごろ川端龍子の私塾(三日月塾)に入り、龍子の門人となった。「青函」が1927年に院展に初入選し、翌年に龍子が院展を離れるとこれに従い、1929年の青龍社の結成に加わって、1931年に社人(会員)となり、のちに付属の学校の塾頭を務めた。以後、青龍社展に「大仏寺」「潮を待つ」「千手観世音」など大作を出し、西洋画の技法を取り込んだ大胆で大画面の作風を築いた。1950年ごろ青龍社を離れ、のちに新興美術院(1957年から)に連なり、1959年に青漣会の結成に加わって1982年の解散まで年展を続けた。1970年ごろから日本画院の客員となった。記録は東京文化財研究所の物故者資料や画商の記述が中心で、受賞歴など一部は資料が薄い。
美術運動
青龍社
昭和
川端龍子が興した日本画の団体
作品例
大仏寺
潮を待つ
千手観世音
日本画
坂口一草から広がる系譜
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