ARTIST
不動立山
Fudō Tatsuyama
1886 – 1975日本 出身京都 / 兵庫県(淡路島)
1800185719131970現在
■ 不動立山の生涯 1886–1975
不動立山(ふどう・りつざん、本名:定一)は、1886年(明治19年)4月18日、兵庫県三原郡の農家の次男として生まれた日本画家。1901年に京都へ出て京都市立美術工芸学校に学び、1906年卒業。さらに京都市立絵画専門学校で修業し、1921年(大正10年)に西山翠嶂に師事、青甲社の結成に参加した。第6回文展に「冬の夜」「春雨の夕」が初入選し、以後帝展・新文展に「古墳」「朝雨のあと」「貴船路の秋」など写実的で繊細な風景画を出品した。太平洋戦争中の1942年に淡路島へ疎開し、1973年に京都の自宅へ戻るまで同地で暮らした。1975年8月14日、老衰のため京都の自宅で89歳で死去した。
美術運動
青甲社(西山翠嶂門下・京都日本画壇)
大正〜昭和
西山翠嶂に師事し、京都で結成された日本画研究団体「青甲社」の結成に参加。写実的で繊細な風景画を帝展・新文展に出品した。
作品例
冬の夜
春雨の夕
古墳
朝雨のあと
貴船路の秋
日本画
不動立山から広がる系譜
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