象徴主義
ある画家は蛇を巻きつけた女の首だけを画面に浮かせた。別の画家は、白鳥に変じた男が眠る女に近づく場面を、宝石のような色彩で描いた。ギュスターヴ・モローの《オルフェウス》やオディロン・ルドンの奇怪な単眼の生物たちは、目に見える現実を写すことを放棄している。象徴主義の画家たちが追い求めたのは、風景や人物という「もの」ではなく、それらを通してしか語れない夢、死、欲望、宗教的な戦慄といった目に見えない領域だった。
この転換の背景には、写真の普及によって絵画が「正確に写す」役割を失いつつあったという事情がある。さらに世紀末のヨーロッパでは、科学と産業の進歩に対する不信も広がっていた。文学の世界ではボードレールやマラルメが暗示と象徴によって内面を語る詩を書き、美術はその手法を絵画に翻訳した。印象派が光と大気という外界の観察に情熱を注いだのに対し、象徴主義の画家たちは目を閉じ、内側にある不安や憧憬に形を与えようとしたのである。
地域ごとに異なる色合いを持つのも特徴である。ムンクは北欧の長い夜と孤独から、絶叫する人物や病んだ女性像を描いた。ハンマースホイは逆に、静まりきった室内に後ろ姿の女性を置き、音のない不安を漂わせた。ベックリンの《死の島》は死そのものを風景として提示し、クービンは悪夢を版画に刻んだ。ガッレン=カッレラはフィンランドの神話に、セレブリャコワはロシアの土地の記憶に、それぞれ象徴の源泉を求めた。手法も主題も一様ではないが、目に見えぬものを絵にするという一点で彼らはつながっている。
この運動はやがて表現主義やシュルレアリスムに道を開いた。作品を前にしたとき、描かれているものが何を意味するかを急いで解読しようとせず、まず色や形が引き起こす感覚に身を任せてみるのがよい。象徴主義の絵は謎解きの答えを持たず、答えの手前にある震えそのものを見せる絵画だからである。