イタリア・ルネサンス
イタリア・ルネサンスは、十四世紀から十六世紀にかけてイタリアの都市で展開した美術の刷新である。ルネサンスは「再生」を意味し、古代ギリシア・ローマの造形と思想を手がかりに、人間と自然を観察しなおそうとした。中世の絵画が象徴と教義の秩序で画面を組み立てていたのに対し、ここでは目に見えるとおりの空間と身体が主題になる。その予兆は十四世紀初めのジョットにあり、重さと体積を持った人物を壁画に描いた彼の仕事が、後の世代にとっての出発点となった。
技術的な核心は線遠近法の確立である。建築家ブルネレスキが見出し、アルベルティが著述によって方法として整理したことで、一点に収束する構図によって平らな壁や板の上に奥行きのある空間を作り出せるようになった。解剖への関心が人体表現の精度を上げ、油彩技法の普及が微妙な階調と質感を可能にした。こうした方法は工房で徒弟に受け継がれ、都市から都市へ広がっていく。
背景には都市国家の経済力と競争がある。フィレンツェのメディチ家をはじめとする商人・銀行家、そして教皇庁が芸術家を支えた。注文主が自らの権威や信仰を示すために作品を用いたことが、規模の大きな仕事を生んだ。大聖堂の円蓋や広場の彫刻は、都市そのものの誇示でもあった。
十五世紀の初期ルネサンスではマサッチオやボッティチェッリ、盛期にはレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロが活動する。ヴェネツィアではベッリーニやティツィアーノが、線よりも色彩と光に重心を置く独自の展開を見せた。同じ時代でも都市によって関心が異なる点は、この時代を見るうえで面白いところである。
「ルネサンス」という時代の区切り方そのものが、この時代のなかから生まれている。十六世紀にヴァザーリが芸術家たちの伝記を書き、ジョットに始まりミケランジェロで頂点に達するという筋書きを与えたことが、後世の美術史の枠組みを長く方向づけた。ルネサンスが確立した遠近法と人体表現は、その後数百年にわたり西洋絵画の標準となった。十九世紀以降の近代美術は、この標準を疑うところから始まっている。つまりこの時代を知ることは、後の美術が何を壊そうとしたのかを知ることでもある。