フォーヴィスム
一九〇五年秋のサロン・ドートンヌ会場で、ある批評家が展示室の中央に置かれたルネサンス風の彫刻を指して「まるで野獣(フォーヴ)の檻に迷い込んだドナテッロだ」と評した。周囲を取り囲んでいたのは、アンリ・マティスやアンドレ・ドランらが描いた、赤や緑や黄が生の色のままぶつかり合う絵画だった。人の顔が緑に塗られ、海が桃色に染まる。この皮肉な一言がそのまま運動の名として定着した。
フォーヴィスムが壊したのは、色は対象の見た目を再現するためにあるという前提である。印象派が光の効果を追いながらも自然の色相にはおおむね忠実だったのに対し、マティスやマンガンは色そのものの強さと画面上の均衡を優先し、写生的な正確さを潔く手放した。輪郭は太く単純化され、遠近感や陰影による立体感よりも、平面上の色面の対比が絵を成り立たせる。ゴッホやゴーガンが切り開いた、感情や装飾性のために色を自由に操るという発想を、彼らはさらに徹底して押し進めた。
この動きは長くは続かなかった。参加した画家たちの多くは数年のうちにそれぞれの道へ分かれ、キース・ファン・ドンゲンは都会的な肖像へ、ジョルジュ・ルオーは重厚な宗教的主題へと向かい、マティス自身も装飾性を保ちながら独自の様式を深めていった。運動というより、一時期に画家たちが共有した熱のようなものだったと言ってよい。それでも短い期間に色彩表現の限界を大きく押し広げた功績は大きく、同時代のドイツ表現主義や、のちの抽象絵画における色彩の自律性にも道を開いた。
展示室でフォーヴィスムの絵の前に立ったら、まず何が描かれているかより、どの色がどの色と隣り合っているかを見てほしい。木の幹が青く塗られていても違和感より先に、画面全体の色の緊張と均衡が目に飛び込んでくるはずである。それこそが、彼らが賭けた新しい絵画の在り方だった。