構成主義
螺旋状に立ち上がる鉄骨の塔が、実現されることのないまま模型として展示された。ヴラジーミル・タトリンが構想した「第三インターナショナル記念塔」は、ガラスと鉄でできた巨大な回転構造物として計画され、革命後の新しい社会を象徴するはずだった。この塔が体現していたのが構成主義である。彼らは絵画や彫刻を個人の感情表現の場とは考えなかった。むしろ工業製品の設計図のように、素材と構造そのものを組み立てる作業として造形をとらえ直した。カンヴァスに絵の具で幻想を描くことよりも、木材・金属・ガラスといった実際の材料を組み合わせて空間に構造をつくることが重視された。
この転換の背景には、一九一七年の革命によって生まれたばかりの社会があった。芸術は個人の所有物や鑑賞の対象である以前に、新しい生活様式を設計する道具であるべきだという考えが広がり、画家たちは工場や印刷所と積極的に関わった。ヴァルヴァラ・ステパーノヴァやアレクサンドル・ロトチェンコは布地の模様や本の装丁、写真やポスターの制作に携わり、美術と日用品の境界を意図的に取り払った。アレクセイ・ガンは理論面から運動を支え、芸術を生産と結びつける言葉を残している。
アレクサンドラ・エクステルは舞台美術の分野で幾何学的な構成を追求し、イヴァン・クリューンやアントワーヌ・ペヴスネルは彫刻や絵画において、量感よりも線や面の交差そのものを主題とした。イリャ・ゴロソフのような建築家も同じ思考を建物の設計に持ち込み、装飾を削ぎ落とした幾何学的な外観を生み出している。彼らに共通するのは、素材を隠さず見せること、そして完成した形よりも組み立てる過程そのものに意味を置く姿勢である。
この発想は後年、ヨーロッパの建築やデザイン教育に流れ込み、機能と形態を直結させる考え方として広く根を張った。展示室で作品を見るときは、絵の具の厚みや金属の切断面、木材の継ぎ目といった「どうやって作られているか」に目を凝らすとよい。完成した美しさよりも、構造を露わにする意志そのものが、この運動の核心である。