コブラ
コペンハーゲン、ブリュッセル、アムステルダム。三つの都市の頭文字を組み合わせた名前を、この集団は自らに与えた。コブラという呼び名には、動物めいた響きと、どこか毒々しい野性の気配がある。実際に彼らが描いた絵にも、洗練とはほど遠い、子供の落書きや民間伝承の怪物を思わせる形が溢れていた。第二次世界大戦が終わった直後のヨーロッパで、彼らは理性や様式よりも、衝動と直感を絵筆に託そうとした。
この運動の背景には、大戦がもたらした深い不信がある。理性と文明を掲げてきたヨーロッパが、まさにその理性によって破壊と殺戮を組織した。既存の美術学校の教育や、パリを中心とする洗練された抽象絵画の潮流に対しても、コブラの画家たちは距離を置いた。かわりに彼らが目を向けたのは、子供の絵、精神を病む人々の表現、北欧の民話や神話に登場する生き物たちだった。整えられた美よりも、粗削りで直接的な表現の力を信じたのである。
カレル・アペルは激しい筆致と原色に近い色彩で、人とも獣ともつかない顔を繰り返し描いた画家として知られる。エギル・ヤコブセンは形を単純化し、有機的な線で画面を埋め尽くすことで独自の生命感を追求した。コルネイユは動植物のモチーフを幻想的な色面のなかに溶け込ませ、クリスティアン・ドートルモンは詩と絵画を融合させる試みを続けた。彼らは国籍も背景も異なりながら、共同で壁画のような作品を制作するなど、集団としての実験を重んじた点でも共通していた。
この運動は三年ほどで公式な活動を終えるが、そこで培われた荒々しい筆触と即興性への信頼は、後の抽象表現主義やアール・ブリュットへの関心と響き合っていく。展示室でコブラの絵を前にしたとき、技巧の巧拙で判断しようとすると戸惑うかもしれない。むしろ、そこに滲む未整理の感情や、戦後という時代が抱えた不安と回復への欲求そのものを見ようとすると、色と形の乱雑さが急に雄弁に感じられてくるはずである。