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MOVEMENT

前衛書道

Avant-garde Calligraphy
1950s– 日本 収録作家 5人

一九五二年、京都で結成された墨人会は、書を展覧会場の壁に掛けるものへと作り変えた。文字を書くという行為の奥には、読めるかどうかという条件がある。井上有一や森田子龍らはこの条件そのものを揺さぶった。一字だけを紙面いっぱいに叩きつけるように書く。墨が飛び散り、紙が破れかけるまで筆を動かす。できあがったものは、もはや漢字の意味を伝える道具ではなく、墨の量と速度と筆圧がそのまま形になった痕跡だった。

背景には、敗戦後の日本で書道が置かれた微妙な立場がある。書は長らく実用の技芸であり、同時に文人の教養でもあったが、その両方の基盤が戦後の生活様式の変化で揺らいでいた。一方で海外では抽象表現主義が台頭し、筆触や身体の動きそのものを絵画の主題とする動きが起きていた。日本の前衛書家たちはこの同時代性に敏感で、実際に欧米の批評家や画家と交流し、自分たちの仕事が国際的な抽象絵画と地続きであることを意識していた。文字を離れず、しかし文字の読解可能性からは離れる。この際どい位置取りが運動の核にある。

井上有一は「愛」や「貧」といった一字を、生涯にわたって何度も書き直し続けた作家として知られる。手島右卿は文字の造形性を保ちながら余白の緊張感を極限まで研ぎ澄まし、上田桑鳩は前衛の理論的な支柱として若い書家たちを牽引した。竹澤丹一のように、抽象と文字の境界そのものを問い直す作家も現れた。彼らに共通するのは、書を「読む」対象から「見る」対象へと押し出した点である。

この運動の仕事は、後に日本の抽象絵画や現代美術が国際的な文脈で語られる際の重要な足がかりとなった。展示室でこれらの作品を見るときは、書かれた文字が何であるかを詮索するより先に、墨の滲み方、線の速度、紙の余白との対話に目を向けるとよい。読めるかどうかではなく、そこに刻まれた身体の運動をどう感じ取るか。それがこの前衛書道という運動を見るときの勘所である。

この運動の作家

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この解説は ArtNote 編集部が執筆しています。 誤りを報告する