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MOVEMENT

アール・デコ

Art Deco
1920s–1930s フランス 収録作家 10人

1925年、パリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」の会場には、直線と幾何学模様で構成された展示館が立ち並んだ。うねる曲線と植物文様を愛したアール・ヌーヴォーの時代から、わずか数十年での様変わりである。この博覧会の略称からのちに「アール・デコ」という呼び名が定着するが、当時の人々はまだそれを一つの様式として名指してはいなかった。彼らが目にしていたのは、機械の時代にふさわしい新しい装飾のあり方だった。

第一次世界大戦を経て、社会は速度と効率を美徳とするようになった。自動車、客船、摩天楼といった工業製品や建築が人々の憧れの対象となり、美術もまた、量産に適した明快な形態を求めた。カッサンドルのポスターは、鉄道や船会社の広告として、太い輪郭線と大胆な構図で描かれ、通りを歩く人の目を一瞬で捉える。ジャン・カルリュも同様に、商業美術という新しい舞台で、簡潔で力強い視覚言語を作り上げた画家である。彼らの仕事は、美術館の壁に掛かる絵画ではなく、都市の風景そのものを飾る仕事だった。

一方、ジャン・デュパスやタマラ・ド・レンピッカの絵画には、金属的な光沢を帯びた肉体、鋭く整理された陰影が現れる。レンピッカが描く女性像は、宝飾品のように硬質で、感情よりも様式美を優先しているかに見える。ファッションの領域では、ポール・ポワレがコルセットから女性を解放し、ジャンヌ・ランバンが、直線的なシルエットに刺繍やビーズで幾何学的な装飾を施した。装飾は過剰ではなく、あくまで構造に従属する形で加えられている。

この様式は日本にも及び、山名文夫は資生堂の広告デザインに洗練された線を持ち込み、剣持勇は家具設計にその感覚を反映させた。アール・デコを見るときの勘所は、豪華さと簡潔さが同居している点にある。金や漆黒を用いながらも、形そのものは無駄なく整理されている。この均衡感覚は、のちの工業デザインやグラフィックデザインに受け継がれ、現代の私たちが目にする都市の視覚環境の、ひとつの原型となっている。

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この解説は ArtNote 編集部が執筆しています。 誤りを報告する