アール・ブリュット
精神科医院のアトリエで、一人の患者が壁いっぱいに渦巻き模様を描き続けていた。アドルフ・ヴェルフリはベルンの精神病院に生涯を閉じ込められ、そこで数千枚におよぶ楽譜と絵と物語を作り出した。画家になる訓練を受けたことはない。誰かに見せるつもりもなかった。それでも生まれた絵は、余白を埋め尽くす執拗な反復と独自の記号体系を持ち、専門の画家が作る絵とはまったく違う論理で動いていた。
この病棟の絵に目を留めたのが、フランスの画家ジャン・デュビュッフェである。彼は美術学校で正しい絵の描き方を学んだ人間ほど、既存の様式に縛られて自由を失うと考えていた。精神障害者、霊媒師、独学の職人、社会の周縁にいる人々が誰にも見せる気なく描いたものにこそ、教育に汚されない生の芸術があるとみなし、これを「加工されていない芸術」を意味する言葉で呼んだ。1940年代、彼はヨーロッパ各地の病院や施設を訪ね歩き、作品を蒐集して回った。
集められた作家たちの経歴はそれぞれに隔たっている。アロイーズ・コルバスは精神病院で女帝や恋人たちを極彩色で描き続けた。シカゴの清掃夫だったヘンリー・ダーガーは、誰にも見せることなく壁一枚を隔てた自室で、少女たちが戦争を戦う長大な物語を絵と文章で紡ぎ続け、死後にその部屋から作品が発見された。聴覚言語に障害を持ったジェームズ・キャッスルは、すすと唾液で作った自製の絵具で身近な農場の風景を描いた。彼らに共通するのは、美術史や市場を意識せず、内側からの必要だけで描いたという一点である。
この運動は美術という制度そのものへの問いを突きつけた。誰が芸術家であるかを決めるのは学歴でも画壇でもなく、作品そのものが持つ切実さではないか。今日この分野は英語圏で「アウトサイダー・アート」とも呼ばれ、専門の美術館や見本市も存在する。作品を見るときは、技巧の巧拙ではなく、なぜこの人はこれを描かずにいられなかったのか、その必然性に目を凝らすとよい。