ARTIST
山名貫義
Yamana Tsuragi
1836 – 1902日本 出身江戸(東京)
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■ 山名貫義の生涯 1836–1902
山名貫義(やまな つらよし、1836〜1902)は明治時代の日本画家。紀州和歌山藩の絵師・山名広政の子として江戸麹町に生まれた。弟の前田貫業も日本画家である。初め住吉派の住吉弘貫に学び、大和絵を修めた。明治維新後は測量技術を活かして工部省・内務省・農商務省に出仕したが、明治初期以降は画業に復帰し、古画の模写や社寺調査、絵画共進会の審査などに携わった。1896年に帝室技芸員となり、1898年の「美校騒動」で新派教員が退いた後、荒木寛畝とともに東京美術学校教授に就任。大和絵最後の巨匠と評され、門下に高取稚成、河鍋暁翠、吉川霊華、松岡映丘らを輩出した。代表作に「仲国訪小督図」(東京国立博物館所蔵)がある。
美術運動
大和絵(住吉派)
明治時代
平安・鎌倉期の伝統的な大和絵様式を継承した最後期の巨匠の一人とされる。住吉派の住吉弘貫に師事し、古画の模写や社寺の調査にも従事した。
作品例
仲国訪小督図
日本画大和絵
山名貫義から広がる系譜
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同時代の作家
荒
荒木寛畝
1831–1915
1898年に山名貫義とともに東京美術学校教授に就任住
住吉弘貫
山名貫義の師、住吉派
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