ArtNote/作家/山田耕筰
ARTIST

山田耕筰

Kosaku Yamada
1886 – 1965日本 出身東京 / ベルリン / ニューヨーク
1800185719131970現在
■ 山田耕筰の生涯 1886–1965

山田耕筰(やまだ こうさく、1886-1965)は東京生まれの作曲家・指揮者。岡山の養忠学校で姉の夫エドワード・ガントレットに西洋音楽を学び、1904年東京音楽学校(現東京藝術大学)予科に入学、1908年声楽科卒業。1910年から3年間、岩崎小弥太の援助でベルリン王立芸術アカデミーに留学し、マックス・ブルッフらに作曲を師事。1912年、日本人初の交響曲「かちどきと平和」を作曲。帰国後、1914年に自らの管弦楽団を設立し、1924年には近衛秀麿とともに日本交響楽協会(現NHK交響楽団の前身)を創設した。1918年から2年間渡米し、ニューヨーク・フィルハーモニックなどでも指揮活動を行った。「赤とんぼ」など多数の童謡・歌曲を残し、日本語の抑揚を生かしたメロディーで日本近代音楽史に大きな足跡を残した。1965年、心臓発作のため東京で死去。

作品例

かちどきと平和
赤とんぼ
黒船(くろふね)
からたちの花
交響曲歌曲オペラ童謡

山田耕筰から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
エドワード・ガントレット
義兄、西洋音楽の手ほどきを受けた人物
マックス・ブルッフ
1838–1920
ベルリン留学時の作曲の師

同時代の作家

近衛秀麿
1898–1973
日本交響楽協会を共に設立
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