ARTIST
高木背水
Takagi Haisui
1877 – 1943日本 出身佐賀 / 東京 / 朝鮮半島
18001850190019502000
■ 高木背水の生涯 1877–1943
高木背水(本名・誠一)は1877年(明治10年)佐賀県に生まれた洋画家。大野塾で学んだ後、白馬会研究所に入り、白馬会に出品を続けた。渡米してコロンビア大学美術科を卒業し、1906年に帰国後、第1回文展に「松原」を出品。1910年からは約2年間英国に留学し、ロイヤル・アカデミー展に「英国風景」を出品、帰国後は文展に「ウィンザー橋の朝」を出品するなど活躍した。光風会・白日会にも作品を発表し、明るい画風を生涯貫いたとされる。朝鮮半島にも渡り、現地美術振興に関わったことでも知られる。晩年は東京・練馬に画室を構え、1943年(昭和18年)5月12日、肝臓病により67歳で死去した。
美術運動
白馬会
明治後期〜大正・昭和初期
黒田清輝らが主導した明治期の洋画団体で、白馬会研究所出身の高木背水もここで学び、以後文展・光風会・白日会などにも出品した。
作品例
松原(海辺の松)
英国風景
ウィンザー橋の朝
修道女
洋画(油彩画)
高木背水から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
同時代の作家
高木背水の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
誤りを報告する