ARTIST
霜鳥之彦
SHIMOTORI Yukihiko
1884 – 1982日本 出身日本 / アメリカ
1800185719131970現在
■ 霜鳥之彦の生涯 1884–1982
霜鳥之彦(本名・正三郎、1884–1982)は洋画家・デザイン教育者。1884年3月2日に東京・神田に生まれ、1982年8月3日に京都・左京で98歳で没した。青年期に、浅井忠の教科書で独学で水彩を学んだ。1902年、浅井が新設の京都高等工芸学校(のちの京都府立・市立の美術工芸系の学校)の教授に就いたのを知って京都へ移って学び、1905年に図案科の第一期生として卒業し、同級の前田敏夫とともに水彩の巧みさで知られた。1906年頃、画家・牧野克次とともに渡米し、ニューヨークの美術工芸学校やナショナル・アカデミー・オブ・デザインで油絵とデザインを学んだ。1909年頃から20年まで、ニューヨークのアメリカ自然史博物館で技術専門員として海洋動物の標本模型を作った。1920年に帰国して京都高等工芸学校の講師、翌年に教授となった。のちパリでシャルル・ゲランに学んだ。戦後も教鞭をとり、1952年から58年まで京都学芸大学(現・京都教育大学)に在職した。晩年は浅井忠の直門として京都洋画界最後の存命者、長老と見なされた。
霜鳥之彦から広がる系譜
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