ArtNote/作家/大下藤次郎
ARTIST

大下藤次郎

Oshita Tojiro
1870 – 1911日本 出身東京 / 尾瀬・日本アルプス(水彩画取材地) / 島根県(作品が石見美術館に多数所蔵)
18001850190019502000
■ 大下藤次郎の生涯 1870–1911

大下藤次郎(おおした とうじろう、1870-1911)は明治時代の日本の水彩画家。東京・本郷真砂町に生まれ、中丸精十郎に入門後、1893年に明治美術会会員となり、1896年からは原田直次郎に師事した。原田の紹介で森鷗外と交流を深め、1901年刊行の水彩画技法書『水彩画之栞』の序文を鷗外に依頼している。1905年には水彩画専門誌『みづゑ』を創刊し、日本水彩画研究所(後の日本水彩画会)を設立するなど、日露戦争前後の水彩画ブームを主導した第一人者として知られる。1907年頃には日本山岳会にも参加し、尾瀬沼・猪苗代湖・穂高岳など日本アルプス方面の風景を数多く描き、これらの地の景勝地としての紹介にも寄与した。1911年に東京で死去。

美術運動

明治美術会 / 日本水彩画会(水彩画普及運動)
明治時代

洋画団体・明治美術会に参加した後、雑誌『みづゑ』創刊や日本水彩画研究所設立を通じて日本における水彩画の啓蒙・普及に努めた運動の中心人物。

運動ページへ →

作品例

尾瀬沼の雨
檜原湖の秋
猪苗代
風景
つつじ
水彩画風景画美術雑誌編集(『みづゑ』創刊)水彩画技法書執筆

大下藤次郎から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
原田直次郎
1863–1899
中丸精十郎
最初の師
森鷗外
1862–1922
交流・著書序文執筆者

同時代の作家

三宅克己
1874–1954
同時代の水彩画家
森鷗外
1862–1922
交流のあった作家・軍医
大下藤次郎の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。 誤りを報告する