ArtNote/作家/長原孝太郎
ARTIST

長原孝太郎

Nagahara Kōtarō
1864 – 1930日本 出身東京 / 美濃国不破郡(現・岐阜県垂井町)
18001850190019502000
■ 長原孝太郎の生涯 1864–1930

長原孝太郎(号:止水、1864年3月23日‐1930年12月1日)は、美濃国不破郡岩手村(現・岐阜県垂井町)に生まれた洋画家。小山正太郎の画塾「不同舎」で洋画を学んだ後、1895年頃より黒田清輝に師事し、1896年、黒田・久米桂一郎・藤島武二らと白馬会の結成に参加した。1898年に黒田の推薦で東京美術学校助教授となり、1916年に教授へ昇進。第1回白馬会展に水彩画や諷刺画(狂画)を出品するなど幅広い表現を試み、漫画・挿絵の分野でも活動した。代表作に油彩「停車場の夜」(東京勧業博覧会3等賞)、「子守」、文展出品作「残雪」(第8回文展3等賞)、「晩春」(第9回文展2等賞)などがある。1919年には高村豊周・藤井達吉らと装飾美術家協会を共同設立し、日本近代洋画黎明期を代表する画家の一人とされる。

美術運動

白馬会
明治後期〜大正期

黒田清輝・久米桂一郎を中心に1896年結成された洋画団体で、外光派(印象派的な明るい画風)を日本に広めた。長原孝太郎は結成メンバーの一人として参加した。

作品例

停車場の夜
子守
残雪
晩春
朝星
油彩画水彩画漫画・諷刺画(狂画)挿絵

長原孝太郎から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可

同時代の作家

長原孝太郎の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。 誤りを報告する