ARTIST
今尾景祥
Imao Keishō
1902 – 1993日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 今尾景祥の生涯 1902–1993
今尾景祥(本名・孝則、号・静観、1902–1993)は京都に生まれ、同地で活動した日本画家。円山・四条派の伝統を明治・大正へ橋渡しした京都日本画の大家・今尾景年(1845–1924)の養嗣子で弟子。景年に学び、京都市立絵画専門学校(京都市立芸術大学の前身)を出て、養父の技と画題、とりわけ円山・四条派に根ざした緻密な花鳥画をよく受け継いだ。同時代の多くの画家と異なり、文展・帝展やその後継の大公募団体には属さず、主に個展や個人の依頼を通じて名を高め、景年の画塾を中心とする保守的な京都画壇のなかで活動した。とりわけ大きな装飾的な仕事を得意とし、京都の寺院の襖絵や屏風を制作、その画は幾度か宮内省に献上され、二十世紀に入っても景年派が寺社や上流の依頼で保った声望を映す。『旭映浪図』や松月の図、水墨の松の図など、景年の工房が好んだ吉祥の花鳥・山水の主題に沿う作が伝わる。展歴や所属、受賞などの詳細は資料が乏しく、画商の伝記や記載に基づく部分的な記述である。
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